日本の早期英語学習者に望ましい教授方針
湯川笑子
立命館大学
望ましい教授方針
小学校の英語教育担当者が常に頭においておくべき望ましい教授方針とは何だろうか?楽しくすること?豊富なインプット?視覚的な助けになるものや(それに加えて・あるいは)音楽を使用すること?体験的な活動?最近はインターネット上であれ出版物の形であれ、随分と多くの活動案や教材が入手可能である。本稿は、そのようなテクニックの背後にある教授方針について考察し、我々の日常の活動を別の視点から再評価しようとするものである。以下に4つのパースペクティブ、つまり、第2言語習得・教育研究の「認知―インタラクショニスト理論」(Long, 2009, p. 386)、社会文化理論、動機づけ研究、エキスパートの観察や実証研究を根拠にした早期言語学習者の特色という4つの視点から、この順番に考えてみたい。
ロングの10の教授方針
最初のパースペクティブは、第2言語習得研究・教育の主流をなす認知―インタラクショニスト理論パースペクティブである。ロングは、一般的な言語教授法について10の方針をあげている。それは、(1)分析単位としたテクストではなく、タスクを使え、(2)体験的な学びを促進せよ、(3)インプットを(単純化するのではなく)敷衍せよ、(4)(貧しくするのではなく)豊富なインプットを提供せよ、(5)機能的な(「塊ごとの」)学びを勧めよ、(6)フォーカス・オン・フォーム、(7)否定的フィードバックを提供せよ、(8)「学習者シラバス」・発達プロセスを尊重せよ、(9)協力的・共同的学びを促進せよ、(10)(心理言語学的ニーズやコミュニケーション上のニーズに配慮して)個別的に教えよ、である(Long, 2009, pp. 386-7)。これらの概念の多くはすでに多くの外国語教師に知られているが、ここで日本の早期英語授業からの例をあげ、いくつかの概念について再度考えてみることは有益であろうと考える。
タスクを使うということ(したがってそれと密接に関連して意味・メッセージベースの教授法を実現するために必要な「フォーカス・オン・フォーム」のアプローチを使うこと)に関しては、日本の小学校の児童の英語レベルがあまりに低いので、年間を通してカリキュラムのユニットをすべてタスクにすることは難しいであろう。しかし、時に(例えば学期末や年度末など)やってみたいと思える魅力的なタスクを完成することは、児童に達成感を与え、学習への意欲を与えるだろう。例えば、京都府内のある公立小学校(以後J小学校と呼ぶ)は、6年生対象に年度の最後にうまくタスクを利用した活動を4年間続けている。そのタスクとは、レッツ・トークと呼ばれる(湯川・高梨・小山, 2009, Yukawa, Takanashi, & Koyama, 2009-2010)もので、3-5分間、大人の英語話者とざっくばらんな会話をするというものである。このタスクと、それに先だって行う5回の授業で児童が努力を重ねることとの組み合わせをみると、いかにこうした会話を実際に行う機会を合計6回の授業の最終ゴールとして設定することが、意味のあるやりがいのある経験として機能していて、例えば(児童らがあの会話で使ったであろうと思われる表現と)同じ語句を単に復習として正確さの精度を上げるために練習する場合と比べるとその差は明らかである。
豊富で敷衍したインプットを与える(上記3番と4番)に関して言えば、たいていの外国語教師は適切なレベルの豊富なインプットが絶対的に必要であることを知っている。難しいのは、どうすれば初学者の集中力を失わせることなく、英語を話し続けることが可能なのかという点である。英語を(フォームのためのドリルではなく)意味のあるインタラクションのためにたくさん使うためには、中高や大学よりも小学校の方が、一層頻繁で上手なティーチャー・トーク方略(Chaudron, 1988; Inaoka, 2004; Tabuchi, Matsuo, & Mitsugi, 2009; Wong-Fillmore, 1985)が必要であろう。もし、教師が視覚的な教材やジェスチャーを使ったり、伝えたいメッセージをさまざまな方法で云い換えたり、児童が考えて言い当てたことをきちんと認めてあげたり、教師自身が発した質問に答えの選択肢を示したり、可能であれば(ティーム・ティーチングの状況で)児童がはっきりとは分かっていないであろうと思われる部分について一人の教師がもう一人の教師に質問をするなどといったことをやれば、英語で授業を進めることは、特に児童から大きな抵抗をうけることもなく当たり前のこととなっていくであろう。
ロングのリストの8番は(教師が作ったり、教科書を書いた人が作ったりするシラバスに対して)「学習者シラバス」と関係がある。おそらく、小学校での英語教育担当者は、中学校や高等学校の先生よりも、自分の児童がどのような発達段階にいるのかを知るのがより容易な状況にあるといえよう。中・高等学校の教師は大人数の教室でクラス全体対先生といったスタイルの授業をすることが多く、そのような授業ではたくさんいる生徒の個々の発達段階はしばしば見逃されてしまうからである。
このような発達段階の問題や個人差の問題はある程度、ロングのリストの9番や10番、つまり、協力的・共同的学びと個別化指導を採用することで解決が可能である。前述したJ小学校の例がここでもこの点の説明に役に立つ。レッツ・トークのタスクは2人の児童と1人の英語話者とが共同で行う作業である。ペアごとに、そのどちらかが言えることであればどんなトピック(誕生日、好きな食べ物・スポーツ・色・場所など)でも取り上げることができる。また、だからこそ、2人は必ずしもまったく同じ質問を聞いたり答えたりしなければならないわけではない。児童によってはより多くの質問をすることで会話を主導することが多い者もいれば、その先導に従って言葉を継いだり、相槌をうったり、より豊富な表情で会話に貢献する児童もいてもよい。J小学校では以前、児童らの自己紹介をグループ発表としてビデオ録画したこともある。このタスクでは、児童らの発表の難易度は児童らのニーズや好みを聞いて調整をした(ニコロフが強調する学習者自律性の使用「Nikolov, 2010」)。学習進度の速い児童はかなり長いモノローグを発表し、逆に進度の遅い児童は、誰かにインタビューをしてもらうという形式にしてキューに対して答えればよいだけにした。また2人でペアになってお互いのことを紹介しあうという形式で発表した児童もいた。
上にコメントを加えなかった項目も含めて、ロングのリストにある教授方針は(6番のフォーカス・オン・フォーム以外は)みな日本の早期英語学習者にも適応可能である。日本の小学校英語の授業はたいていの場合、通常は限られた英語力しかない担任の先生によって教えられているので、英語で教えることが必要になる意味やコンテンツにフォーカスをおいて進める授業の実施は大変難しい。しかし、このように言ったからといって、著者は、小学校英語の授業内で、意味のあるインタラクションをすることが不可能であると言っているわけではない。実際、小学校英語では児童の日常生活になじみのあるトピックや教材を使うことが推奨されていることでもあり、教師は児童の学校生活や家庭での生活にまつわる写真や語りを持ち込むことが可能である。授業の単元はなんらかの言語フォームやトピックを中心に構築されていても、その範囲内でたくさんの意味のあるインタラクションを含めることはできる。
社会現象としての言語、人との関わりの中でのみ発達する言語
望ましい教授方針を考えるこの論考の2つめのパースペクティブは社会文化理論の視点である(以後SCTと呼ぶ、Lantolf & Thorn, 2006, 2007)。ラントルフとソーン(Lantolf & Thorn, 2007, p. 1)は、SCTは「心の理論であって、(中略)この理論では人との関わりや文化として構築された人造物が人間固有の思考形態を形成するのに中心的な役割を果たすことを認める。」と述べている。ライトバウンとスパダ(Lightbown & Spada, 2006, p. 20)は、SCTがその理論構築のもととしているヴィゴツキーは、言語発達を含むあらゆる高次の認知発達が人との関わりの結果生じるものだとしていたのに対し、他の心理学者、たとえばピアジェは、言語発達は、「環境との肉体的なインタラクションを通して」発達する「シンボルのシステム」の習得だとしていたとする。SCTは果物・動物・野菜の名前、つまり「指示的意味」、などといった名詞を幾つか学ぶことを問題にしているのではなく、「概念的意味」を対象とする(Lantolf & Thorn, 2006, p. 4)。ラントルフとソーン(Lantolf & Thorn, 2006, p. 5)はさらに、新しい言語を学ぶということは、「新しい概念知識を得てさらに(あるいは、新しい概念知識を得るかもしくは)、自分と世界の関わりや自分と自分の心理機能の関わりを新たな形で媒介してくれる方法として、すでに持っていた知識を改変してくれるということだ」とする。
小学校の英語教育の現場から人との関わりの重要性を表す好例を紹介しよう。2人の6年生(XとY)が半ばフォーマルな「会話練習」セッションでボランティア・ティーチャー(日本人の英語教師)と会話をしている。児童は自分について語る基本的な問いや答え方を知っており、あいづち用の表現(「なるほど」とか「私も」など)も2、3知っている。一人の男子児童(X)が、教師に好きなスポーツは何かと聞かれてサッカーだと答える。教師自身もサッカーが好きであって共通の嗜好があることを教師は親しみを込めて表現するために、「私も」と言いながらその児童と握手をする。すると、もう一人の男子児童(Y)が、顔の表情から明らかに何かを一生懸命考えているという様子で一瞬静止し、そのあと突然Xの方を向いてにっこりと笑いながら「僕も」と言って握手をする。その直後にその児童は今度はY自身の好きなスポーツはという教師の質問にバスケットボールが好きだと答え、明らかに、このトピックについて彼が用意していたのはこのスポーツだったのだと分かる。このエピソードは、Yが自分について語る言語フォームと会話をスムーズに運ぶためのあいづちを知っていたにも関わらず、大人とのインタラクションの中でYが人との共通部分を親しみを込めて表現するにはどうすればよいのかをここで学んでいることを示している。この方略(握手)は必ずしも英語話者のコミュニティーで常に使われる日常化された行動ではないかもしれないが、その行動を通じて表現したい話し手の意図は十分伝わっている(その場にいた全ての人に正しく理解されていた)し、非常に効果的であった。このような学びは人との関わりのチャンスが与えられなければ起こることはない。談話の意味を理解し、その談話の中でうまく機能できる参加者になるように練習するにはインタラクションの相手が必要である。したがって、早期学習者の教師は、自分の授業でそのような人とのインタラクションをするチャンスを、たとえ1人当たりの1セッションは短くても用意することが重要である。
第2言語自己を想像して学ぶ言語学習
第3のパースペクティブ、つまり動機づけ、は第2のパースペクティブと根の部分でつながっているが、この論考では別々に扱う。動機づけは複雑な概念である。それは人が住む地域社会に影響を受ける社会心理的なものであるし、他方、クラス内での要因に影響される大変局所的で動的なものでもあり得る。
日本の早期言語学習者はどのようなことにやる気をかきたてられるのだろうか?中学・高等学校の学習者と異なり、大学入試で高得点を取りたいとか、よい仕事を得たいといった道具的な動機は児童らにはやや遠い先のことであろう。さらに、日本には、特に大きな(地理的な区分のある)英語話者のコミュニティーが存在しないため、早期英語話者が英語話者のコミュニティーの人々に同化してそのために言語も学びたい(統合的動機づけ)と望むといったことは考えにくい。
近年の大変影響力の強い第2言語学習を説明するモデルである「第2言語自己」(Dörnyei & Ushioda, 2009)は、学習者は自己の外にある英語話者のコミュニティーと自分を同一視したいからというよりは、自分の理想の自己になりたいから学びたいと思うのだと仮説を立てている(p. 9)。ドルネイとウシオダ(Dörnyei & Ushioda, 2009, p. 4)は、「もし目標言語の上達が自分の理想のもしくはなるべき自己の一部をなしているならば、現在の自己と将来の自己との差を埋めようとする我々の心理的な欲求のゆえに、その言語を学ぶための力強い動機となるのだ」と言う(イタリックはオリジナル)。そのように動機づけをとらえると必然的にアイデンティティの問題に行き当たる。他国に比べて比較的に単一文化単一言語のコミュニティーに住む日本の早期言語学習者は、手本となる第2言語使用者の大人や若者を見る機会が少ないので、第2言語使用自己を創造することについては不利な状況にある。
著者はそのような「可能自己(possible self)」(Dörnyei & Ushioda, 2009, p. 3)を育てることを助けたと思える例が2つ頭に浮かぶ。どちらの学校も児童らにロールモデル、つまり非母語話者であるが流暢に英語を話す若者に触れさせる機会を設けた例である。1つは京都の私立の小学校で組織されたイベントである。その学校は幸運なことにふんだんな(人的および物的)リソースに恵まれ1年生から週当たり2~3回英語を教えている。その学校では毎年日本の大学で学んでいる留学生を30‐40名ほど招待し、小学校で児童は1週間(「ワールド・ウィーク」)彼らと交流する。児童と留学生は自己紹介の時間に知りあったり、児童が日本の伝統的なおもちゃや遊びを紹介したり、留学生が自国・民族の遊びを教えたり、児童が京都の町を案内したり、高学年では簡単な英語で外国で話すことや学ぶことの意味について留学生からが語るミニレクチャーを聞いたりする。この留学生の多くは英語の非母語話者であり、毎日英語で互いにコミュニケーションをとっている人々である。もう一方の例は京都にある公立小学校で、毎年約10名の(1つの大学からの)学生を学校に受け入れている。この学生はボランティアで45分の授業を週1回、5週間続けて教えてくれる。学生らは中学・高等学校(あるいは小学校)の英語教員志望者であり、児童に対して、また、児童らの前でお互いに英語でしゃべる。この公立学校の教師は、大学生との出会いがこの小学校の児童に高校や大学で学習を続けたいという動機づけになったと信じている。(上記の例が児童の英語学習や教師教育に与える影響については、Yukawa、unpublished manuscriptを参照されたい。)
早期言語学習者の強みと弱みを受け入れた言語指導
どのように早期言語学習者を教えるのかを議論するための最後のパースペクティブは、児童らの言語学習者としての特色である。まず、早期言語学習者は学びが遅く、第2に児童らは暗示的で帰納的な(塊の)学びの方が、明示的で演繹的な(ルールの)学びより得意である。早期学習者の学習が遅いことについては、実証データがある(Muňoz, 2009; Nikolov, 2009a, 2009b)。ジョンストンは、なぜそうなのかの理由を列挙している。つまり、年長者の学習者(OLs)は「世界についてもっと高度に発達した概念図をもっていること」、「会話という談話、発表、レポート、その他の言語活動を処理することについて経験がより豊富であること」、「意味の交渉においてよりうまいこと」、「より広い幅の学習方略を持っている可能性が高いこと」などがそれにあたる(Johnstone, 2009, p. 34)。
一般的に、早期言語学習者は、(テストなど)他の何かのために言語を学習するというよりは、歌、ゲーム、お話など、それ自体に意味があり楽しい活動を好む。明示的なルール学習的アプローチで文法学習などをすることが可能な児童が混じり始める5、6年生ですら、週4~5時間の授業があり(生徒によっては塾での授業もあり)定期試験もある中学校と比べると、小学校での英語授業は限られている。したがって、英語のルールを教える時には常に、カテゴリーごとにすべてを教えよう(たとえば、比較についてのすべてのルールを教えるとか不定詞についてすべてを教えるなど)と考えない方がよい。そうではなくて、次に学ぶお話や会話を処理するために必要な文型だけを教える方が賢明である。
強みについては、ジョンストン(Johnstone, 2009, p. 34)は、早期言語学習者は「音声体系を習得するのが比較的早い」こと、「『言語不安』になることが少ない」こと、早期から始めると第2言語を習得するのに総時間が多いことに関連する3つの要素をあげている。
教師がこれらの早期言語学習者の特徴を尊重せず、中学校でやるような(フォームを基本としルールにしたがって文法や翻訳をふんだんに使うような)授業をするならば、よく起こる現象は、高学年を教えるのが大変難しくなるということである。つまり、高学年が、ルール学習や暗記を嫌だと思わないグループと、それを嫌がるもう1つのグループに二極化するからである。もしこうした特色を十分尊重するならば、たとえ(イマージョンや現地語としての第2言語教育でなく)外国語教育という状況の中でも、かなり有望な初級レベルの英語使用者が育つのである。先に言及した私学(以後R小学校と呼ぶ)がそのような事例を提示してくれている。
この学校の英語授業は1人の英語母語話者と資格のある日本人英語教師とでティーム・ティーチングをしている。学校独自のカリキュラムと教材がスタッフによって作られてきた。英語授業は多くの視覚教材、ジェスチャー、ティーチャー・トークの方略を駆使しながら1年生から6年生まで基本的に英語で行われている。1年生から多くのお話を読み聞かせてもらい、最小限のフォニックスのルールを使うことで、児童らは中学年あたりから次第にお話を読むようになる。高学年では、単元は目標とする文法事項(たとえば受動態など)に加えて(あるいは、それの代わりに)なんらかのテーマ(たとえば京都の歴史的に有名な建物)を軸として構成されている。しかしなんらかのフォームがその授業のねらいである時ですら、児童が触れる文章はすべて事実に即した情報を盛り込んだ文章にしている。この段階では早すぎるという判断から、児童らはきちんとした文法書を与えられていない(彼らは中学1年生から系統的に文法を学ぶ)。下にまとめたのは、R小学校の児童がこのような方法で英語を学び、中学校1年生に進んだ段階での長所と短所である。この特徴をみると、いかに早期言語学習者のこの段階での特徴を尊重することが、児童らの基本的なコミュニケーション能力と学びに対する肯定的な姿勢を育てるのに重要であるかを明白に物語っている。
生徒らはメッセージやテクストの意味を(一回目の読みで)つかむのがうまい
生徒らは長いテクストを聞いたり読んだりするのを嫌がらず、理解力も高い
生徒らは自分にとって意味のある(真実性のあるメッセージ内容)を言ったり書いたりするのを好む
生徒らは人前で話すのを嫌がらない
生徒らは多読を好む
生徒らはフォーマット(寓話、手紙、調理の手順など)を与えられれば、多少文法や綴りの間違いはあるもののすらすらとしゃべったり書いたりできる
生徒らは中学校で初めて詳細な文法を勉強するのを楽しんでいる
生徒らは成績(スコア)が必ずしも高くない者も含めてみな英語が好きである
(これは、生徒らの教師である中西美佐先生から2011年8月6日に得た情報である。この学校の教え方についての論文に、岡本・エルドリッジ・松尾・三ツ木, 2010; 田縁・松尾・三ツ木, 2009; 田縁・三ツ木・岡本, 2007; 田縁・岡本, 2008がある。)
結論
この論文は、4つのパースペクティブから日本の早期言語学習者に望ましいと思われる教授方針とは何かを考えた。小学校の6年間で児童は急速に成長し、そのために教師は調整をしなければならないし、それぞれの小学校ごとに社会経済的な背景、授業時間、教授陣、リソースの有無などさまさまであろう。ただ著者は、そのような変数が考えられるにしても、どのような基本方針が望ましいのかを知っていれば、授業案の構築の段階でそれにそった案を作っておけるし、授業そのものも大きく的外れにはならないはずだと考える。

著者情報:
湯川笑子(ストックホルム大学よりバイリンガリズム博士号取得)は立命館大学文学部教授で、主に大学では中等教育での英語教員養成の職務を担っている。研究分野は、初等・中等学校の英語教育、バイリンガル教育、言語喪失である。昨今は多くの小学校やそうした学校と関連のある中学校に対して定期的・不定期的に
支援に入り、現職教員の教師教育を行ない、教育評価のためのデータを集めている。成果は『小学校英語で身につくコミュニケーション能力』(2009年 日本語)や雑誌記事に掲載されている。
草稿段階に貴重なコメントを下さった京都ノートルダム女子大学の小山哲春先生に感謝いたします。
引用文献
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田縁眞弓・松尾由紀・三ツ木由佳(2009)「ティームティーチングにおける効果的なティーチャートーク方略の研究」小学校英語教育学会第9回全国大会発表論文 2009年7月18-19日 東京学芸大学
田縁眞弓・三ツ木由佳・岡本織華(2007)「小学校中学年における読みの指導」『小学校英語教育学会紀要』8号pp. 83-88.
田縁眞弓・岡本織華(2008)「小学校中学年における読みとその内容理解に関する研究」『小学校英語教育学会紀要』9号pp. 79-86.
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湯川笑子・高梨庸雄・小山哲春(2009)『小学校英語で身につくコミュニケーション能力』東京:三省堂
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湯川笑子・高梨庸雄・小山哲春・川中尚(2009)「小学校英語活動における評価ツールの活用」『小学校英語教育学会紀要』9号pp. 55-70.
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